株式会社イエロープレス 会社概要








会社名 株式会社Yellow Press (イエロー・プレス)
代表 安藤公治
設立 2007.4 (2002.4開業)
住所 〒464-0007
愛知県名古屋市千種区竹越2丁目1-32
シノダビル202
TEL 052-720-1710(代表)
FAX 052-720-1711
事業 1.


医療法人産婦人科病院・医院クリニック様向け
出産退院記念ノベルティ・メモリアルフォトフレームの製造
2018.11.30現在 累計 64,011枚 製作
おかげさまで 6万枚達成 ♪

事業 2.
販売部

EC通販
・外商

広告・マーケティング事業部

・ベビー広告・マーケティング

主用取引先 ・全国産婦人科医院・クリニック
・赤ちゃん用品店
・ブライダル関連会社
・プルデンシャル生命保険株式会社
・三起商行株式会社(ミキハウス)
・中日アド企画
営業時間 9:00~17:00
定休日 土日・祝日
本サイトを訪れていただいた、すべての「事業者」様へ ドラッカーの本に書かれている言葉、
「今日の水準を維持しているだけの組織は適応の能力を失ったというべきである。
人間社会において唯一確実なものは変化である。
自らを変革できない組織は明日の変化に生き残ることはできない。」 

現状維持は衰退と同じであると弊社は考える。
現在の状況は過去の選択による行動の結果であり、未来を明るいものに変化させたければ、今日今すぐ行動せねばならない。
今日の御飯が食べられるからと言って、明日のための仕事を何もしない組織は不幸である。

新規のお取引先、斬新な商品、画期的なサービスの創造を常に考えております。

どのようなコラボレーションができるか分かりかねますが、今日できることを今日一緒に始めていきませんか。
代表経歴

どこにでもある街の小さな電気屋さんの二男として生まれる。
将来は家業を継ぐことも視野に、電子工学科に進学。
その後は某家電メーカーの後継者養成学校に進み、経営から簿記まで幅広く学ぶ。
卒業後はメーカー系列会社に勤務したり、系列チェーンストアで商売の基本などを学ぶ。
その後、家業の後継ぎのために一旦家に戻るが、仕事に対する面白みのなさや親子の軋轢などの理由から、実家を離れる。(26歳)

その後はメーカー系列アフターサービス会社に約10年在籍をする。
当時はセンターに毎日、故障したテレビやVHSが山のように届き、蓋を開けては悪い箇所を発見することが本当に楽しかった。
一日何台治したかを同僚と競い合ったりすることが本当に面白かった。
ニュースステーションが終わり、大相撲ダイジェストが終わり、日付が変わる頃まで会社にいても、何の苦痛もなく仕事に没頭していた。
気力と体力の20代であったことが大きいと振り返る。

時は29歳、家電業界も経営合理化のため、センター統廃合、働いていた全員が異動や離職を余儀なくされた。
それでも新しい街と初めての一人暮らしに、異動一年目は本当に楽しかった。
新しい職場にどきどきし、新たな出会いにわくわくし、名古屋市名東区藤ヶ丘という少しこじゃれた街が、沖縄のまぶしい太陽のように毎日をさんさんと輝かせてくれていたと記憶している。

それでも悲しいかな、飽きてくるのが人間という生きもので、異動3年目頃から職場の人間関係や仕事の部門が変わったこともあり、辞めたいと思う気持ちが日に日に増していった。
コンビニで就職マガジンを買いあさり、独立起業の本や雑誌を何度読みあさってみても、結局のところ自分には何ができるか、何が向いているか、そこにどれだけ時間を費やし考えても、全く答えがでなかった。

ただ分かっていたことは、人生は一度きり、せっかくこの世に生を受け、チャレンジしたいし、起業もしたい。

転機となる出会いが訪れる。
忘れもしない1999年の12月、当時ピアノ講師をやっていた知人からクリスマスのアマチュアライブに誘われ、何の予定もなく暇な週末であったため顔を出した。
ガラス職人というと大げさであるが、サンドブラスト加工を個人で営んでいるMr.Hにそこで 「出会った」。
運命であったと思う。

ちなみに、彼はその夜ギターを弾いていた。

サンドブラスト加工

新しい年を迎えた2000年の正月休みの間に早速Mr.Hの工房を見学させてもらった。
その後Mr.Hとは急速に付き合いが深まり、その年は仕事帰りや休日の度に、Mr.Hの工房に足を運んだ。
ますます面白さが増した。
技術的にはそれほど難しくなく、初期投資もそれほどかからず、個人でも開業でき、このオリジナルギフト制作を始めて何とか商売にしたいと日に日に思うようになった。
法人営業なんてやったことがなかったけれど、情熱とまごころ、誠意で何とかなると、あの当時は安易な考えをしていた。

何度喉元まで出かかったことだろう、これはまるで告白ではないかと内心苦笑した。
時は2002年2月、今日こそはもう決めないと、と、幾度のチャレンジでも言えなかった「辞めさせていただきます」の11文字を上司に告げて、総計17年間身をおいた家電業界をさよならした。

4月を迎えてはれて自由人になったが、喜びは最初の3日で終わった。
スタート3年間は苦悩な日々であったが、この暗黒時代をやり過ごした貴重な経験のもと、やりがいと感謝の心で毎日取り組ませていただいております。

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